国指定重要文化財(木曽路)

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木曽路:一覧

名 称
建築年
内 容
場 所
備 考
深澤家住宅
・主屋
・嘉永7年・木造2階建、切妻、鉄板葺、平入
・桁行10.6m、梁間17.3m
長野県
・塩尻市贄川
・贄川宿
深沢家木曽路(中山道)宿場町である贄川宿を代表する豪商で、江戸時代には京都や大坂に販路を広げていました。現在の主屋は江戸時代後期の火災で焼失後に再建されたもので、木曽路を代表する町屋建築です。
・深沢家が屋敷を構える贄川宿は木曽路の東端にあたり、関所が設けられていました。
・深澤家住宅
・北蔵
・文政4年・土造2階建、切妻、鉄板葺
・桁行3.3m、梁間9.1m
・深澤家住宅
・南蔵
・文久2年・土造2階建、切妻、鉄板葺
・桁行3.4m、梁間8.4m
・手塚家住宅
・主屋
・天保11年・木造2階建、切妻、鉄板葺、平入
・桁行12.4m、梁間10.9m
・長野県
・塩尻市奈良井
・奈良井宿
手塚家木曽路(中山道)の宿場町である奈良井宿の上問屋を歴任した家柄で庄屋などの上役も担いました。敷地間口も広く、主屋と同規模の座敷棟がある大型町屋建築で明治天皇が御巡幸の際御在所となっています。
・手塚家が屋敷を構える奈良井宿は木曽路にある難所の一つ鳥居峠を控える宿場町で、現在でも当時の町並みが色濃く残され、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
手塚家住宅
・土蔵
・江戸末期・土造2階建、切妻、鉄板葺
・桁行11.4m、梁間3.7m
・手塚家住宅
・別棟座敷
・天保11年・木造平屋建、切妻、鉄板葺
・桁行9.9m、梁間15.9m
脇本陣奥谷
・主屋
・明治12年・木造2階建(1部3階)、桟瓦葺
・切妻、平入
・長野県
・南木曽町妻籠
・妻籠宿
林家(奥屋)は元々は土豪として木曽氏に従っていましたが、江戸時代に入ると屋号「奥屋」を掲げ代々木曽路(中山道)の宿場町である妻籠宿の脇本陣の職を担っています。明治に解禁された木曽産の銘木が随所に利用されています。
・林家が屋敷を構える妻籠宿は飯田城下と木曽路を結ぶ大平街道の分岐点としても発展した宿場町で、現在でも当時の町並みが色濃く残され、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
・脇本陣奥谷
・土蔵
・明治3年・土造2階建、切妻、桟瓦葺
・脇本陣奥谷
・文庫蔵
・江戸末期・土造2階建、切妻、桟瓦葺
・脇本陣奥谷
・侍門
・明治12年・切妻、桟瓦葺、一間一戸
・薬医門形式
・定勝寺
・本堂
・慶長3年・入母屋造、書院造、銅板葺、平入
・桁行19.0m、梁間12.2m
・長野県
・大桑村須原
・須原宿
・定勝寺は室町時代初期に木曽親豊が開基、初屋和尚が開山した古寺です。中世木曽谷の領主木曽氏の初期の菩提寺で、縁の品々を多数所有しています。堂宇は江戸時代初期に現在地に境内を移した際に造営されたもので、木曽路を代表する寺院建築です(本堂は安土桃山時代に領主となった石川光吉によって造営されています)。
・定勝寺
・山門
・万治4年・切妻、桧皮葺、四脚門
・定勝寺
・庫裏
・承応3年・切妻、書院造、銅板葺、妻入
・桁行21.9m、梁間14.0m

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