歴史が感じられる商家町(町屋)の町並みを旅する

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村田町・町並み
□−村田町−宮城県柴田郡村田町

村田町は主要街道の宿場町ではなかったものの、四方に間道が交差する交通の要衝で、江戸時代中期以降に周辺で紅花や藍の栽培が盛んになると、村田町は在郷町的な存在となり、その集荷地として、大きな発展を遂げました。明治時代以降は商家町として引き続き発展し、店蔵の町屋(町家)が続く町並みが残されました。国の重要伝統的建造物群保存地区。
山町筋・町並み
□−山町筋−富山県高岡市

山町筋は江戸初期に、前田利長が加賀藩主を退任し新たに隠居城として築いた高岡城の城下町として町割された町です。高岡城は利長が死去すると廃城になりましたが、加賀藩の越中の行政的、軍事的な要衝として機能が事実上維持され、山町筋は商家町として繁栄しました。現在の町屋建築は明治33年の高岡大火後に再建されたものです。重伝建地区。
小浜西組・町並み
□−小浜西組−福井県小浜市

小浜西組は江戸時代初期に築かれた小浜城の城下町の一部で、貞享元年(1684)に人口増加などが理由に城下町が再編された際に改めて町割されています。小浜西組は大きく、商家町と茶屋町、寺町(空印寺、常高寺、高成寺など)に別れており、現在もそれぞれ特徴ある町並みが残されています。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
稲荷山宿・町並み
□−稲荷山宿−長野県千曲市稲荷山

稲荷山宿は善光寺西街道の宿場町であると同時に谷街道、八幡宮道が分岐する交通の要衝でもあった為、江戸時代中期以降、人々の往来は物資の流通が盛んなると、急速に発展し北部信州をフ代表する商家町に発展しました。明治時代以降も繭や生糸の集散場、金融業などで発展し、現在も良好な町並みを残しています。重要伝統的建造物群保存地区。
三町・町並み
□−三町−岐阜県高山市三町

三町は戦国時代に金森長近が居城として築いた高山城の城下町として整備された町です。元禄5年(1692)に金森頼時が移封になると、高山城は廃城となり幕府の直轄領(天領)となりましたが、町自体は引き続き維持されました。明治時代以降、大規模な近代化が図られず、良好な商家町の町並みが残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
下二之町大新町・町並み
□−下二之町大新町−岐阜県高山市下二之町大新町

下二之町大新町は戦国時代に金森長近が居城として築いた高山城の城下町として整備された町です。元禄5年に金森頼時が移封になると、高山城は廃城となり幕府の直轄領となりましたが、町自体は引き続き維持されました。現在でも飛騨の匠による良質な町屋建築が残され、一帯は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
美濃町・町並み
□−美濃町−岐阜県美濃市美濃町

美濃町は江戸時代初期に金森長近が自らの隠居城として築いた小倉山城の城下町として町割されました。金森氏が断絶した後も尾張藩の代官所が設けられ引き続き行政の中心を維持しました。美濃町は商家町であると共に、長良川舟運の拠点と美濃和紙の生産地として、大きく繁栄し、現在でもウダツがあがる良好な町屋建築が見られます。重伝建地区。
岩村町本通り・町並み
□−岩村町本通り−岐阜県美濃市美濃町

岩村町は中世長く当地を支配した遠山氏の居城、岩村城の城下町として整備された町です。江戸時代初期に岩村藩の藩主に就任した松平氏により現在に近い町割が行われ、商家町として発展しました。現在でも勝川家住宅や、浅見家住宅、土佐屋、木村家住宅、旧石橋家住宅、水野薬局、岩村醸造などの町屋建築が残されています。重伝建地区。
足助宿・町並み
□−足助宿−愛知県豊田市足助町

足助宿は三州街道の宿場町であると同時に「ほうらいじ道」、「七里街道(足助街道)」が分岐する交通の要衝、領主である本多家の足助陣屋による行政の中心として発展しました。特に三州街道は脇街道として管理が緩かった事から中馬と呼ばれる運送制度が発展し、足助宿はその中継地として大きな発展を遂げました。重要伝統的建造物群保存地区。
近江八幡・町並み
□−近江八幡−滋賀県近江八幡市八幡

近江八幡は戦国時代に豊臣秀吉の甥で、豊臣家の時期当主と目された豊臣秀次の居城である八幡城の城下町として整備された町です。秀次が謀反により自刃し八幡城は廃城となりましたが、その後も琵琶湖舟運の拠点、商家町として発展し、多くの近江商人を輩出しました。現在も近江商人の大型町屋建築や町並みが残されています。重伝建地区。
打吹玉川・町並み
□−打吹玉川−鳥取県倉吉市打吹玉川

打吹玉川は中世、伯耆国守護所が置かれた打吹城の城下町として整備された町です。江戸初期に一時倉吉藩が立藩し藩都となりましたが、その後は鳥取藩の家老による「自分手政治」が行われ、その行政施設である倉吉陣屋の陣屋町ととなりました。明治時代以降は周辺の経済の中心となる商家町となり白壁の土蔵群による町並みが残されました。重伝建地区。
津和野・町並み
□−津和野−島根県鹿足郡津和野町

津和野は南北朝時代に吉見氏によって築かれた津和野城の城下町として整備された町です。江戸時代に入ると津和野藩が立藩し、津和野は藩都として整備拡張され現在の基礎となる町割が行われています。現在も武家屋敷や藩校の遺構が残る武家町と、多くの町屋建築が残る商家町の町並みが良好に残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 
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