美濃市美濃町: 今井家住宅

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美濃市美濃町・今井家住宅
【 今井家住宅 】−今井家は当地の庄屋職などの村役人を歴任した家柄で、庄屋は地方三役の一つで、郡代・代官のもとで村政を担当した村の首長である事から相当の実力者だった事が窺えます。一方、和紙問屋を生業とし現在でも美濃和紙関係の資料を数多く所有しています。現在の建物は江戸時代中期に建てられたものを基本とし随時増築改変されたもので、美濃町最大規模の町屋建築の遺構として良好な町並みに大きく寄与しています。

【 所在地 】− 岐阜県美濃市泉町

【 建築年 】−江戸時代中期

【 構  造 】−木造2階建、切妻、桟瓦葺、平入、桁行12間、梁間8間、建坪96坪

【 備  考 】−美濃市指定文化財・日本の音風景100選(水琴窟)

【 美濃市美濃町 】−江戸時代初期の慶長10年(1605)、金森長近が養子である金森可重に家督を譲った事に伴い、関ヶ原の戦いで加増された2万石を持って隠居城である小倉山城を築きました。美濃町はその城下町として町割りされた町で、長近の実子である長光が後を継ぎ正式に上有知藩が立藩すると藩都として領内の行政、経済の中心的な存在となりました。、慶長16年(1611)に金森家が断絶し上有知藩が廃藩になると尾張藩領となり、小倉山城の跡地には尾張藩の代官所が設けられ城下町の町割りは引き続き継承されました。特に長良川舟運の拠点となる上有知港が大きく繁栄すると、主産業の一つ美濃和紙の生産地、集積地として賑わうようになり間口の広い豪商が屋敷を構える現在の町並みが形成されました。現在でも当時の町並みが色濃く残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

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