五智国分寺の歴史的建築物

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五智国分寺・三重塔三重塔
・安政3年から再建に取り掛かり20年後に未完のまま工事が中止となり、昭和52年に再開され一応の完成をみました。三間塔婆、桟瓦葺、高さ25.85m、棟梁は曽武川常右衛門と江崎の長三郎、新潟県指定文化財。

五智国分寺・経堂経堂
・経堂は五智国分寺最古の建物で、建築年代が明確なものとしては上越市最古の木造建築物です。内部には元禄5年(1692)に寄進された鉄眼版一切経(一大仏教全集)が収められています。棟札1枚と共に上越市指定文化財。

五智国分寺・山門山門
・山門は能生谷小見村出身の七郎左衛門が尽力し天保6年(1835)に造営されたもので、切妻、桟瓦葺、三間一戸、八脚単層門。内部には天保7年(1836)に名立町出身の長井要壱が彫刻した仁王像が安置。上越市指定文化財。

五智国分寺・白山神社御旅所白山神社御旅所
・白山神社は五智国分寺の守護神(鎮守社)として創建当初から勧請され境内に祭られていました。その後、白山神社は松山に遷座した為、境内には御旅所が設けられ、例祭の際には神輿と御神札が安置されます。

五智国分寺・竹之内草庵竹之内草庵
・鎌倉時代の承元元年に親鸞聖人が越後に配流になった際、比叡山延暦寺時代の同門だった五智国分寺が境内に竹之内草庵を設けて親鸞聖人を迎え入れました。上越市指定文化財の伝親鸞聖人坐像が安置されています

五智国分寺・本堂本堂
・現在の本堂は昭和63年の火災で焼失後の平成9年に再建されたもので入母屋、銅板葺、平入、桁行7間、梁間6間、正面3間向拝付。内部には銅造聖観音立像(上越市指定文化財)などが安置されています。
五智国分寺
五智国分寺【五智国分寺・概要】−五智国分寺は奈良時代に聖武天皇の勅願により全国各国一宇ずつ設けられた国分寺が前身とされる寺院で、特に、五智如来とされる大日如来像、薬師如来像、宝生如来像、釈迦如来像、阿弥陀如来像が安置されている事から五智国分寺と呼ばれました。鎌倉時代初期には親鸞聖人が越後に流された際に、境内に設けらた竹之内草庵で一時過ごしています。室町時代には既に荒廃していた為、当初の境内地は不明で、戦国時代に現在地に上杉謙信が再興しています。江戸時代に入ると幕府の重鎮である天海大僧正の命により弟子である俊海が天台宗に改宗し以後幕府から庇護を受けるようになっています。松尾芭蕉も奥の細道の際に当寺を訪れ、境内には句碑が建立されています。明静院(上越市)は国分寺の奥之院とされ安置されている木造大日如来坐像は国指定重要文化財に指定されています。
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