慈光寺の歴史的建築物

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本堂本堂
・本堂は宝暦13年(1763)に造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行9間、梁間8間、建築面積526u、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張り。国登録有形文化財。
庫裏庫裏
・庫裏は江戸時代中期から後期にかけて造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行26.7m、梁間14.1m、建築面積374u、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張り。国登録有形文化財。
禅堂及び衆寮禅堂及び衆寮
・禅堂及び衆寮は江戸時代中期から後期にかけて造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行24.5m、梁間11.1m、建築面積280u、内部には須弥壇が設けられています。国登録有形文化財。
山門山門
・山門は江戸時代後期の天明5年(1785)に造営されたもので、切妻、桟瓦葺、平入、三間一戸、八脚単層門、間口5.8m、木部朱塗り、彫刻部極彩色、壁部白漆喰、内部に四天王像安置。国登録有形文化財。
回廊回廊
・回廊は江戸時代中期から後期にかけて造営されたもので、木造平屋建て、切妻、桟瓦葺き、両下造、総延長27.8m、梁間1.8m、建築面積42u、外壁は白漆喰仕上げ、花頭窓付、腰壁は下見板張、国登録有形文化財。
白経蔵
・経蔵は寛政6年(1794)に造営されたもので、土蔵造平屋建、切妻、桟瓦葺、平入、桁行5.8m、梁間6.0m、建築面積35u、内部には八角輪蔵が設置され大切な御経が収められています。国登録有形文化財。
慈光寺
慈光寺【慈光寺・概要】−慈光寺(新潟県五泉市)が何時頃から信仰されたのかは判りませんが、背後に控える白山は山岳宗教が盛んだった事から、その流れを汲むと推察されます。室町時代の応永10年(1403)、領主である神戸太良最重が当寺、越後国の曹洞宗の中心的な存在だった耕雲寺(新潟県村上市)から傑堂能勝禅師を招いて曹洞宗寺院として再興しました。その後、関東管領の上杉憲実が雲洞庵(新潟県南魚沼市)を再興するなど越後国内の曹洞宗布教に尽力し、その中で慈光寺も庇護されました。戦国時代に一時衰退しましたが、江戸時代には領主である村松藩主堀家から100石の寺領が安堵され、幕府からは10万石の格式を認められています。寺運も隆盛し耕雲寺、種月寺(新潟県新潟市)、雲洞庵と共に越後国曹洞宗四ケ道場の一つに数えられました。寺宝の南英謙宗禅師により制作された「碧巌事考」が五泉市指定文化財に指定されています。
新潟県の町並みと建物と伝統と文化乙宝寺五智国分寺弥彦神社菅谷不動尊千眼寺(保呂羽堂)耕雲寺種月寺雲洞庵慈光寺
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